藤井寺南小学校の歴史

年・月 内     容
        昭和
1960. 4 (35)




1962. 7
 (37)

1963. 9
 (38)
     10

藤井寺小学校より分離して、美陵町立中学校(現藤井寺中学校)移転跡地(現藤井寺西
 小学校地)に
「美陵町(みささぎちょう)立藤井寺南小学校」が開校する。
   藤井寺小学校区より近鉄南大阪線以南区域を分離し、新築移転した町立中学校跡
  地校舎を使用する。従来の藤井寺小学校野中分校は、同時に本校の
分校として発足
  し、1〜4年の野中地区児童を収容する。
プールが竣工する。竣工祝賀会を開校3周年記念式典と共に町主催で行う。
校歌を制定、記念式典で発表される。
・学校統合のため、藤井寺南小学校、同野中分校が廃止される。
美陵町立仮称美陵小学校設置。同月、「美陵町立藤井寺南小学校」と校名を変更。
 従来の本校は
「南分教場」、野中分校は「野中分教場」となる。
開校3年目の旧校舎(南西より) 校地北側に並ぶ校舎(南より)
開校3年目の旧校舎(南西より)  1962(昭和37)年12月 校地北側に並ぶ校舎(南より) 後方の松林は辛國(からくに)神社
 創立当初の藤井寺南小学校は、移転した町立中学校の跡地施設を使用して開校しました。この元中学校の敷地は、面積を確保するた
めに隣接する町道を少し南に曲げて造成されました。その町道の南側には鉢塚古墳があります。学校の北側は辛國神社で、学校との間
に新しく道路が造られていました。校舎はすべて木造で、教室の多くは平屋の建物でした。当時はこれが学校の普通の光景でした。
児童朝会の様子(北東より)   野中分校(野中分教場)の様子(南東より)
児童朝会の様子(北東より)
     中央後方の塔は、住宅公団春日丘団地の給水塔。
  野中分校(野中分教場)の様子(南東より) 分校があった
  場所は、前方後円墳である野中宮山名古墳の前方部。
 野中分校(野中文教場)は野中宮山古墳の前方部の場所を利用していましたが、ここには明治初めまでは満願寺というお寺があったそ
うです。この古墳にあった神社と神仏習合形態で存在した宮寺だったようですが、明治の神仏分離で廃寺となったということです。
 野中地区に学校が登場したのは
明治7(1874)年11月6日に河内第二七番小学(現藤井寺小学校)の支校が旧野中村に開校したのが始まり
でした。現在の藤井寺市域で最初にできた小学校は、明治6年4月2日に旧沢田村の極楽寺で開校した河内第二四番小学(現道明寺小学校)
で、後に沢田尋常小学校となります。次いで明治6年6月6日、旧藤井寺村の剛琳寺(葛井寺)に開校したのが河内第二七番小学で、後に移
転して小山尋常小学校となります。その支校として誕生したのが野中支校です。後に独立して野中尋常小学校となった時期もあります。
また、再び分教場となったりもしました。
 藤井寺南小学校が開校してからは、藤井寺南小の分校や文教場となりましたが、現在地に新校舎施設が整ってからは廃止されました。
その後、藤井寺南幼稚園の分園として利用され、鉄筋2階建ての園舎も造られました。周辺地域の住宅増加に伴って入園児も増加し、
一時は入園児が本園よりも多くなったこともありました。しかし、近年の児童数減少や保育所利用者の増加により入園者が急減したた
め、2020(令和2)年3月末で閉園となりました。現在は園舎も解体されて姿を消し、園児たちの声が古墳に響くこともなくなりました。
ありし日の藤井寺南幼稚園野中分園(東より) 合成パノラマ
  かつての分校(分教場)があった場所。 2013(平成25)年3月
野中分園跡地の様子(南西より)    2021(令和3)年3月
   今では幼稚園を感じさせるものは何も見られない。
        昭和
1964.10 (39)




1966. 2
 (41)


     11
1967. 3
 (42)
1968. 1 (43)
     10

・美陵町藤井寺337番地(現在地)に、新設校舎の第1期工事竣工する(現本館)。
   これに伴い、「野中分教場」廃校式を行う。南分教場より新校舎へ、野中分教場
  より新校舎及び南分教場校舎へ移転。
      ※この年10月に東京オリンピック開催。
   
10月20日、新校舎の使用を開始する。この日を記念して、昭和41年度より学校
  創立記念日
10月20に変更制定する。(それまでは10月1日)
第2期工事竣工する(現南館)。                      
   3月5日より全学年が新設校舎の使用を開始。これに伴い、「南分教場」は廃校
  となる。開校以来、
初めて現在地の校舎で全学年が揃う。
・市制施行に伴い、「藤井寺市立藤井寺南小学校」と改称。  ※11月1日、藤井寺市誕生。
体育館が竣工する。
校舎増築竣工する(旧西館)。
・花と緑の推進校となる。教材の森、藤棚、その他、中庭の整備を行う。
2期工事を終え体育館の建設中(北より) 全校舎完成記念(南より)
2期工事を終え体育館の建設中(北より) 1966(昭和41)年
     この年の2月に第2期工事の南館が完成。次は体育館の建設。
全校舎完成記念(南より)    1968(昭和43)年5月6日
     北館・南館・西館・体育館が完成した。プールは2年後に竣工。
        昭和
1970. 4 (45)


      6
1971. 9
 (46)
1977. 4
 (52)
1979.10 (54)
1981. 4 (56)
1983. 8 (58)

・本校より分離して「藤井寺西小学校」が開校する。これにより
本校通学区域変更
  《西古室1丁目、藤井寺1・2・4丁目、東藤井寺町、春日丘1・2・3丁目、
   住宅公団春日丘団地
(現春日丘新町)の区域を分離。》
プールが竣工する。(25mプール 及び小プール)     ※この年大阪で日本万国博覧会開催。
給食配膳室が竣工する。同年10月1日より給食開始
・養護学級(現支援学級)を開設する。
創立20周年記念事業を行う。(記念式典・記念碑建立・記念誌発行・記念運動会)
・諸費徴集の銀行振込制度開始。
・校門(東門・南門)の拡張整備工事を行う。
新池から見る校舎(北西より) 学校正門前の通り(西より)
新池から見る校舎(北西より)   1978(昭和53)年頃
     当時の新池は釣り堀に利用されていた。現在はシュラホールが
    できていて、この位置から学校を見ることはできない。
学校正門前の通り(西より)    1983(昭和58)年7月
     学校のとなりは文具を扱う商店。多くの子どもたちがお世話に
    なった。この直後、校門の拡張工事が行われた。
        平成
1989. 9 ( 1)
1993. 8 ( 5)
1994. 8
 ( 6)
1995. 8
 ( 7)
1997. 9 ( 9)
1998.10 (10)
1999.10 (11)
2001. 8 (13)
2006. 3 (18)
2009.10 (21)

創立30周年記念事業を行う。(飼育舎の建設、航空写真下敷き配付 等)
・全館の窓,扉のアルミサッシ化工事を行う。
・全館の電気配線,TV配線及び各室照明等の全面改修工事を行う。
・校舎大規模改修工事を行う。(本館・西館の内外壁及び各教室の黒板等の改修)
・西館3階に
パソコン教室が完成する。
南館の耐震補強大規模改修工事が完了する。(1・2階耐震壁、トイレ改修 他)
創立40周年記念事業を行う。(築山整備、航空写真下敷と記念タオルの配付 等)
・体育館の照明・電気配線の全面改修工事が完了する。
・西館前にビオトープが完成する。
創立50周年記念事業を行う。(記念式典、航空写真撮影、記念CD制作 等)
創立30周年記念撮影(南西より) 創立30周年記念撮影(南より)
創立30周年記念撮影(南西より)   1989(平成元)年 創立30周年記念撮影(南より)     1989(平成元)年
創立40周年記念撮影(南より)   創立50周年記念撮影(南より)
創立40周年記念撮影(南より)   1999(平成11)年6月   創立50周年記念撮影(南より)    2009(平成21)年
        平成
2012. 2 (24)
2016. 4 (28)

2017.10
 (29)

2018. 3
 (30)

体育館の耐震補強工事が完了する。
・本館耐震補強工事及び西館建て替え工事を開始する。(本館1階に相談室設置。本館
 3階第1図書室を
メディアルーム〈情報教育教室〉に改修。)
本館耐震補強工事及び西館建て替え工事が完了する。(西館に集中下足室を新設。
 出入口の前庭となる
中庭を舗装・改修。学習園を運動場東側に移設。)
・運動場の登下校通路の整備を行う。
        令和
2019.
 8 ( 1)
     10

普通教室のエアコン設置工事が完了する。
創立60周年を迎える。11月に記念航空写真撮影を行う。 
改修された中庭(南西より) 創立60周年記念撮影(南より)
改修された中庭(南西より)    2021(令和3)年2月
 中庭はカラフルに舗装されて、多目的広場のようになった。
創立60周年記念撮影(南より)   2019(令和元)年11月
     補強工事や改築で、全校舎の耐震化が完成した。


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