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HIGASHIOOBUKE ELEMENTARY SCHOOL
八幡平市立東大更小学校
〒028−7111 岩手県八幡平市大更9-116 【北緯39゜54'26" 東経141゜08'47" 標高218M】
TEL:0195-75-0382  FAX:0195-75-0594  E-MAIL: .plala.or.jp
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学校紹介
武田小四郎碑 大石平念仏剣舞 動画はこちらから
学校の沿革

 山子沢の武田小四郎、郷童を集めて読書方に授け明治初年に及ぶ。
 明治5年の学制発布により私塾を廃する

明治 9年 5月15日 山子沢学校として開設。
   20年 5月 山子沢簡易学校と称する。
   25年 4月 山子沢尋常小学校と改称する。
   39年10月 山後に分教場を開設する。
大正 3年     校訓を制定する。 「礼儀」「規律」「勤勉」
    7年     現在地に校舎新築移転し、民家の借宅仮教室を廃する。
昭和 4年 3月 山後の分教場を廃止する。
    5年     3教室を増築する。
   10年 7月 山子沢青年学校を併設する。
   15年 4月 高等科を設け、大更第二尋常高等小学校と改称する。
   16年 4月 大更第二国民学校と改称する。
   22年 4月 大更第二小学校と改称する。大更中学校山子沢分教室を置く。
   25年 4月 渋川分教場を設置する。
   29年     大更第二中学校を創立し併設する。校歌を制定する。
   32年     屋内体操場を新築する。
   36年 4月 東大更小学校、東大更中学校と改称し渋川分教場を廃止、
           渋川小学校として独立校に昇格。
   38年 2月 創立88周年記念式典を挙行する。
   40年 4月 大更、田頭、東大更の3中学校を統合し、西根中学校を創立する。
           中学校の東大更校舎となる。
   42年 3月 西根中学校が新築され、中学校が移転する。
   45年11月 西根町教育委員会指定の学校公開研究会(国語)を行う。
   50年10月 創立100周年記念式典を挙行する。校章を制定する。
   51年 3月 鉄筋二階建て本校舎新築竣工する。
       10月 西根町教育委員会指定の学校公開研究会(国語)を行う。
   52年 3月 木造特別校舎移転改築落成する。
        6月 水泳プ−ル及び付属施設完成する。
   55年10月 相撲場が完成する。
   57年10月 西根町教育委員会指定の学校公開研究会(全校音楽活動)を行う。
   58年 6月 校庭拡張工事完了する。
   62年10月 西根町教育委員会指定の学校公開研究会(算数)を行う。
平成  元年 3月 体育用具収納倉庫を設置する。
    4年10月 西根町教育委員会指定の学校公開研究会(国語)を行う。
    6年 3月 校旗を作る。
    7年 3月 講堂防音工事完了する。
    8年 5月 普通教室棟防音工事完了する。
         7月 西根町教育委員会指定の学校公開研究会(国語・算数)を行う。
    9年  2月 特別教室棟防音工事完了する。
        8月 新校舎落成、創立120周年記念式典を挙行する。
   10年 4月 校庭整備拡張完成する。
        7月 プ−ル工事完了する。
   11年 4月 西根町教育委員会の研究指定(コンピュ−タ活用)を受ける。
       11月 インタ−ネット接続工事完了する。
   12年 9月 西根町教育委員会指定の学校公開研究会(コンピュ−タ活用)を行う。
   13年 9月 コンピュ−タ室並びに職員室のコンピュ−タを更新。
   14年12月 学校ホ−ムペ−ジを開設する。
   15年 1月 職員室LANを構築する。
        4月 西根町教育委員会の研究指定(国語)を受ける。複式学級2。
        8月 岩手県学童相撲大会6年女子の部優勝
   16年  4月 西根町教育委員会の研究指定(国語)2年次。複式学級2。
   17年  4月 西根町教育委員会の研究指定(国語)3年次。複式学級1。
        9月1日 西根町・松尾村・安代町の3町村合併により
           「八幡平市立東大更小学校」となる。
        9月 八幡平市教育委員会指定の学校公開研究会(国語)を行う。
   19年 9月 創立130周年記念式典を挙行する。
   20年 4月 八幡平市教育委員会の研究指定(国語)を受ける。
        8月 公式ホームページをリニューアルする。
   22年10月 八幡平市教育委員会指定の学校公開研究会(国語)を行う。

 学区の概要
 本校は、明治9年「山子沢学校」として開校し、その後6度校名を改めて昭和36年4月「東大更小学校」と称して現在にいたっている。
 学区は、山子沢・岡村・中関・大石平・渋川の5地区からなり、校舎は開校当時の学校名からもうかがえるように、山子沢地区に建てられている。この山子沢 地区は、隣接する岡村地区や五百森などとともに山や丘、森に関する地名で、これは岩手山の火山泥流によってお椀を伏せたような小山が沢山あることと、小山 を木が覆い森状になっていることに由来すると言われている。
 学区内には、二つの河川が流れて入る。北側には、北西から南東に向かって赤川が、南側には、大きく蛇行しながら松川が東流する。赤川は鉱毒水をふくんで おり、松川は暴れ川として氾濫を繰り返し、大地には沢山の泥流丘があるなど、耕地化・水田化が困難な地理的環境にあった。そのため、長いこと低生産畑作地 帯として苦しい生活を強いられたが、戦後の土地改良、松川用水の開発、機械力による耕地造成などによって、米作を中心とする安定した経営に変わってきた。 しかし、減反等の農家を取り巻く経済状況は、不安定な状況にある。
 PTAの各家庭の職業は農家が主であるが、大半は兼業農家で両親共稼ぎの家庭である。しかし、3世代が同居する家族構成が多く、これが地区の一つの特徴となっている。
 父母は、学校に対して極めて協力的であり、環境整備や学校行事への参加、子ども会指導等に一丸となって当たっている。 
 校 章【昭和50年制定】
 未来にはばたけ

明るく強い東の子
希望の空に羽ばたく子
未来に向かってとびたつ子 
あらしをこえる東の子

正面玄関にある校章
 校訓【制定大正3年】
礼儀
 みじまえをよくせよ
 礼儀作法をよくせよ
規律
 きまりをよくせよ
 自分のことは自分でせよ
勤勉
 何事もよくつとめよ
 何事もよくはたらけ
 
 校歌 東大更小学校 校歌
       菊池知勇作詞
       森るり子作曲

一 岩手山いただきそめて
  新しき今日はきたれり
  若草の伸びたつ早き
  時の間を惜しみ学ばん
  学ばんわれら ああ
  東大更 小学生

二 山子沢空の彼方は
  明日の日の夢に燃えたり
  うら若き胸おどらせて
  人の道遠くきわめん
  きわめんわれら ああ
  東大更 小学生
 学級編成及び児童数 ※2011.4.1現在
学 年 1年 2年 3年 4年 5年 6年
男 子 1 0 6 3 3 11   24
女 子 3 1 6 0 3 7 20
4 1 12 3 6 18 44
学級数 1 1 1 1 4

 八幡平市重要無形文化財 大石平念仏剣舞の伝承活動

《踊りの由来》

 この踊りの由来は、源義経が玉山村の武道の館に立てこもり、農民に剣の道を踊りにして教えたのが始まりと伝えられている。今から60年以前は、この地方 で盛んに踊られていた。踊りの内容は、扇踊り、太刀踊り、あや踊り、戸うちわ踊りと、全部で48種類ほどある。旧西根町芸術祭の始まりとともに、三浦伊三 郎氏の指導のもと、復活した。現在、東大更小学校の総合的な学習の時間の活動として位置づけられ、運動会や学習発表会、芸術祭、各種慰問活動等で伝承され ている。

大台念仏剣舞(玉山村)との関連について
 明治の初期大更方面から伝えられたとのこと。大正時代に入り、明治の人々の指導を受けた大更村大石平の三浦伊三郎氏が主体となり、松内の古川寒七郎や大台の田村石松、生出の田村勇次郎たちが昭和九年の夏ごろまで踊ったと伝えられている。