浜益小早わかり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこにあるのですか?

  校区は西側に日本海を望み、東側に暑寒別岳に続く増毛山塊迫る、海や山の幸に恵まれた自然豊かな地域にあります。
  浜益には、8つの河川に沿って13の集落があります。日本海沿岸をつなぐ通称「オロロンライン」国道231号線に沿って、濃昼、送毛、毘砂別、柏木、川下、浜益、群別、幌、床丹、千代志別、雄冬が、また、通称「滝浜線」と呼ばれる国道451号線沿いに実田、御料地が点在しています。学齢児童がいない地域があり、毘砂別、柏木、川下、浜益、群別、実田、御料地から児童が通学しています。
 明治以来、サケ漁やニシン漁の発展とともに形成された各集落に、多いときで10校の小学校が点在していました。その後、人口の減少や過疎化・少子高齢化の進行に伴い、統廃合を繰り返し、平成11年にいたって、当時残っていた3校(浜益北部小、浜益中央小、黄金小)の小学校を統合し、浜益村立浜益小学校を創立しました。平成17年10月に、浜益村が厚田村と共に石狩市と合併し、石狩市立浜益小学校となって現在にいたっています。
 本校は石狩市浜益区内唯一の小学校であり、石狩管内で最も広い校区を有する小学校です。

 

どんな特色がある学校ですか?

 児童数32名、4学級の学校です。
  子どもたちは、明るく活発で、意欲的に学習や諸活動に取り組んでいます。 
、地域の豊かな自然や文化、人材を活用し、体験的な教育活動を重視した「地域に根ざした浜益ならではの教育」に積極的に取り組んでいます。保護者の学校に対する関心は高く、地域住民の教育に対する期待も大きく、地域の学校として長年にわたって大切にされてきた伝統が現在も息づいています

○ 地域の自然を再発見する黄金山登山

  浜益の象徴ともいえる秀峰黄金山は標高739.1メートルで、その姿から「黄金富士」「浜益富士」と呼ばれています。頂上からは暑寒別連峰はもとより遠くは積丹半島まで一望でき、初心者でも好適の登山コースです。
  毎年、5・6年生が黄金山に登っています。秋晴れのすがすがしい天候の中、今年も全員無事に登頂し、頂上で昼食を食べました。山のてっぺんから叫ぶ子どもたち。「浜益っ子の元気の良さ」をあらためて感じました。

○ 沖揚げ音頭 ふるさとの伝統を全校児童で守ります

 鰊漁で隆盛をきわめた土地浜益では。鰊漁の作業にあわせて勢いよく労働歌「沖揚げ音頭」が歌われていました。
  昭和30年代以降、鰊漁が衰退に伴って「沖揚げ音頭」も忘れ去られようとしていました。そうした中、古老達の中には昔を懐かしみ、「沖揚げ音頭」を惜しむ気持ちがありました。そうした地域の気持ちを受けて、平成元年から黄金小学校では、岡崎広平校長と往時を知る校務補の野村賢治郎氏を中心に、「沖揚げ音頭」を復活させる取り組みをはじめました。
  子ども達の中にも「ヤーシヨイサー」「ホーラドッコイショ」というかけ声が楽しそうに浸透していき、地域・保護者からの期待が高まりました。平成2年には「沖揚げ音頭保存育成会」が発足し、学校と地域が連携した取り組みとなっていきました。
  衣装や小道具、大漁旗などが次第に整い、舟も寄付していただくなど、多くの方の協力をいただきながら、学校行事や地域行事で盛大に演じられるようになっていきました。現在は、区の産業まつりである「ふるさとまつり」で練習の成果を発表しています。
  本物の舟を二艘使って、網をおこしながら全校児童が歌い踊る「沖揚げ音頭」は、浜益小学校また浜益の伝統文化として高く評価されて、今日まで発展してきました。

楽しい雰囲気の学校だと聞いていますが・・・?

 明治11年に開かれた浜益教育所に始まり、旧浜益村10校の伝統を引き継ぐ浜益小学校は、北海道でもっとも歴史のある学校の1つです。地域の学校として長年にわたって大切にされてきた伝統が現在も息づいています。
 地域の皆さんに見守っていただきながら、子どもたちは元気にのびのびと育っています。
 「あいさつが元気にできる」「上級生が下級生の面倒をよくみている」と、地域の皆さんにおほめをいただいています。

  このホームページでは、PTAの各委員会、図書ボランティア「ひまわりの会」や地域の皆さんによる浜益地区育成協議会など、子どもたちをサポートしてくださっている浜益地区の教育活動を様々な角度からご紹介しています。どうぞ、ごゆっくりご覧下さい。