浜益小学校を支えてくれる皆さん

1 佐々木茂雄さん

・初代PTA会長 
・浜益小劇場代表 
・ドッジボール少年団団長

 

2 渡辺千秋さん

・学校支援推進員、
・こがね山岳会事務局長

 

3 八田美津さん

・創作人形作家

 

 

 

 

 

 

佐々木茂雄さん (初代PTA会長 浜益小劇場代表 少年団団長)

佐々木茂雄さんは、平成10年に旧浜益村の北部小、浜益中央小、黄金小を統合して浜益小学校となり、区内に1校となった際、地域をまとめるのはこの人しかいない・・と背中を押され、初代PTA会長を務めて下さった方です。5期にわたる会長在任中に、持ち前のリーダーシップを発揮して旧3校の保護者を一つにまとめ,PTA体制を作り上げた功績は非常に高く評価されています。また浜益高校のPTA会長としても5期にわたって活躍され、、最後の会長として閉校に関わる業務を推進されました。このような実績により、石狩市から教育文化功労表彰を受賞されています。(写真上)
地域では多岐にわたる才能を発揮され、多方面に影響を与えている方です。かつて実田地区において、巨大イグルー制作を地元の若手教師に指導されたことは伝説となっています。浜益小劇場の前身となる、前衛パフォーマンス集団、「スペースレンジャー」を組織され、「ブラックダダーン、つるつるパウダーを防げ!」等、シリアスな中にも時事問題をコミカルに演じたパフォーマンスは、当時大変高い評価を得ました。その頃から20年を経ましたが、中心的活動をされていた十亀隊員、大西隊員、渡會隊員らは、今も各界で活躍されています。その後、脚本、演出を手がけることになる浜益小の吉弘文人教諭との邂逅、当時村職員であった宇野博徳さんの熱い思いから、浜益小劇場を結成。毘砂別の海岸で創設メンバーの5人が「南十字星~アオウミガメとの約束」を演じてから18年。今年、地域に貢献する次世代の担い手を北海道新聞社が表彰する2017年「道新 地域げんき大賞」に、浜益小劇場が選ばれました。(写真下)昨年末は、増毛町での初公演も大成功に終わり、佐々木さんは「20周年に向けて、さらに地域を盛り上げていきたい。」と思いを新たにされていました。「大変なご活躍、公私に渡り本当にお忙しいですね。」との問いかけに、ネクタイを緩め、「そうですね。また、昔のように、本別の温泉で、気の合う仲間と、大好きなホットビールでも酌み交わしたいものですが・・。」と、遠くを見つめ、少し恥ずかしそうに微笑まれました。

渡辺千秋さん(増毛山道の会会長,学校支援推進員、こがね山岳会事務局長)

 浜益区の幌にお住まいの渡辺さんは、浜益の自然をこよなく愛する方です。
 若い頃から増毛山塊の山々をきめ細かく歩き尽くしてきました。道がない山が多い山塊ですが、夏は沢登りと藪こぎ、積雪期と残雪期は坪足や山スキーで探索しています。北海道新聞社から出版された「北海道の百名山」で、群別岳を担当するなど、この地域の山の第一人者として知られています。
 そんな渡辺さんがこよなく愛するのは、浜益の名峰「黄金山」です。新聞社のインタビューに答えて、その魅力を、「この山を見ると浜益に帰ってきたなと感じます。高い山じゃないけど身近で、故郷のシンボル的風景ですから」と答えています。多くの人にその魅力を伝えるために、笹狩りなど登山道の整備に取り組む姿勢には、本当に頭が下がります。
 さて、渡辺さんが今力を入れているのは、歴史ある古道の復活です。濃昼山道に引き続き、現在は浜益と増毛を結んでいた増毛山道を復活させる壮大なプロジェクトに挑み、昨年度その完成が大きく報道されたところです。。
 子どもたちに郷土を愛する心を育てる上で、地域の自然と歴史を愛し、行動を通してそのすばらしさを発信する渡辺さんの姿勢に学ぶことはきわめて大きな意義があります。浜益小学校では濃昼山道の探索や黄金山登山の際に、渡辺さんに同行していただき、現地で様々な経験をお聞きし、自然について教えていただいています。また、学校経営に関わって様々なご助言をいただくために、学校支援推進員をお願いしています。 

 
 
濃昼山道
 
黄金山登山

八田美津さん (創作人形作家)

 浜益の昔懐かしい情景を表現してくれる創作人形作家 八田美津さんから、本校の子どもたちに人形を寄贈していただきました。作品は理科室のガラス展示棚に飾っています。作品は①稲刈り②網おこし③造材山の馬そり(バチバチ)です。
  八田さんの創作人形は新聞やテレビで広く紹介されすっかり有名になっています。私は、着任してすぐの5月に浜益温泉で行われた大規模な作品展で実物のすばらしさに感動しました。その時に人形作りにかける思いや浜益への愛着を八田さんからじっくりとお聞きすることができました。また、人形の生き生きとした表情が風景の中で生える二本柳多恵さんの写真にも感銘を受けました。さっそく、お二人にお願いして、写真を学校に飾らせていただきました。
その後、ご縁があって人形作りのお手伝いをさせていただくことになりました。きっかけは馬橇作りでした。八田さんがお孫さんのいる北見でロバの人形を見つけ、耳を直して馬にして馬橇を引かせたいとを考えたそうです。そして、図書館の本棚を作った私なら馬橇を作ることができるのではないかと思いついたそうです。うれしいご依頼だったので、浜益に残る馬具を見たほか開拓記念館などに行ったり本を購入したりして、造材山のバチバチと花嫁さんが乗ってきた馬橇をつくりました。12月に支所のロビーに展示された新作の人形を見て、たくさんの方が「昔は確かにこうだった」と懐かしんで下さり大変好評でした。
その後、「止まらなくて困ったのさ」というくらい、八田さんの創作意欲に火がついたそうです。私も餅つきの情景を再現したいという依頼をいただき、今度は臼、杵、ストーブ、せいろなどを作らせていただきました。その後も藁を編む道具などを作りました。そのたびに、資料を調べたり昔の生活をお聞きしたりして私も楽しんでいます。
 そんな経緯があって、八田さんから「子どもたちにも見てもらいたい」と言っていただき、写真のような人形を学校にいただくことになりました。子どもたちが喜んでくれているのはもちろんですが、学校を訪れていただくお客様にも楽しんでいただいています。 電話連絡をいただければ、どなたでもご案内しますので、ぜひご覧ください。

 
     
 
造材山で使われていたバチバチ橇   花嫁さんが乗ってきた馬橇(柴巻橇)
■ 「ふるさとの景色」浜益の魅力を再発見するために (第6代 石黒校長先生)

                                     
 ICT機器を導入していただくにあたって、東京や大阪などからいらした方も含め本当にたくさんのお客様をお迎えしています。皆さん一様に、学校に掲示してある米作りや沖揚げ音頭、自然体験の写真や、理科室前の八田さんの人形に興味をお持ちになります。それをきっかけに本校の取り組みをお話すると、地域の恵まれた教育環境をうらやましがられます。
さて、浜益の生活を伝える八田美津さんの創作人形。私は、昨年5月に浜益温泉で行われた大規模な作品展ではじめてそのすばらしさにを知りました。その時に人形作りにかける思いや浜益への愛着を、八田さんからじっくりとお聞きすることができました。
その後、ご縁があって人形作りのお手伝いをさせていただくことになりました。きっかけは馬橇作りでした。お孫さんのいる北見でロバの人形を見つけた八田さんは、耳を直して馬にして馬橇を引かせたいとを考えたそうです。図書館の本棚のことを子どもたちから聞いて、私なら馬橇を作ることができるのではないかと思いついたそうです。うれしいご依頼だったので、浜益に残る馬具を見たりして、造材山のバチバチと花嫁さんが乗ってきた馬橇をつくりました。展示すると、たくさんの方が「昔はたしかにこうだった」と懐かしんでくださり大好評でした。
その後、「止まらなくて困ったのさ」というくらい、八田さんの創作意欲に火がついたそうです。冬には餅つきの臼、杵、ストーブなどを作らせていただきました。最近は鰊漁場の情景を再現するために、写真の鰊船を作りました。そのたびに、地域の方から昔の生活をお聞きしたり、資料を調べたり博物館に行ったりして私も楽しんでいます。3月にテレビ(のりゆきのトークで北海道)で放送された時には「浜益小学校の校長先生が道具づくりで協力してくれています」と紹介してもらいました。
今年も明日からの1ヶ月間、八田さんの人形展「ふるさとの景色 昭和の浜益」が浜益温泉を会場に開催されます。機会をみてぜひご家族で足を運んでください。人形の表情やふるさとの情景を見ながら、お父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんの思い出話や昔話を子どもたちに聞かせてあげてください。子どもたちが浜益のすばらしさを再発見できる機会になればと願っています。