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大阪府の南河内地区 藤井寺市は、南河内(みなみかわち)地区とよばれる大阪府の 南東部地域の中にあります。地図の中で、緑色文字で表されている市町村が南河内地区です。藤井寺市は南河内地区の中でも最も北の方に位置し、大阪市にも近くて、いわゆる衛星都市の一つです。 古代より主要街道が交わる交通の要地として、また、大和川舟運の経由地として、村落が発展してきました。現在も、大都市の大阪市と奈良県地方を結ぶ鉄道や主要道、高速道路が通っており、昭和30年代後半からの経済高度成長期には、大阪市のベッドタウンとして急激な人口増加がありました。1966(昭和41)年に市制を施行し、その 後も人口増加を続けて今日に至っています。 現在の人口は約66,700人で、規模としては小さな 市です。一方で、市の面積は大阪府内にある33市の中で最小であり、そのため人口密度は約7,400人/kuと高く、33市の中で9番目の高さとなっています。 多方面につながる交通 市の北部には1級河川の大和川が、東側には支流の石川 が流れており、この二つの川が合流する部分に接して道明 寺東小学校の校区があります。 市の中央部を南北に国道170号が、東西に府道・堺大 和高田線が通り、さらに、北西部からは斜めに市を横断す る西名阪自動車道が通っています。また、大阪市へ通ずる 国道や府道も通っており、多方面と行き来しやすい道路交 通事情となっています。 鉄道としては、近畿日本鉄道・南大阪線が市内を曲が って通り抜けており、駅も3カ所あります。また、JR関 |
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| 地図の中で |
西本線につながる道明寺線もあり、どちらも大阪市と奈良 県を結ぶ路線として利用することができます。 |
| 古墳群の中の街 藤井寺市には古墳がたいへん多く、現存するだけでも30基近くの大小の古墳があり、消滅した古墳を 合わせると90基ほどにもなります。現在も、発掘調査による新たな小古墳の存在の確認が続いています。 藤井寺市内には、大型古墳である前方後円墳がいくつもあり、となりの羽曳野市とともに、古市(ふるいち) 古墳群呼ばれる、全国的にもよく知られた古墳の多い地域で、この古墳群には大小130基近くの古墳があ ります。4世紀末から6世紀前半のおよそ150年の間に作られたものです。 古市古墳群は全国有数の古墳群で、空から見ると、たくさんの古墳が点在しているのがわかります。藤 |
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| 藤井寺市章 | ||
| 井寺市は、古墳群のほぼ中心を占める位置にあり、このの大きな古墳群の中に市域があることで、藤井寺 市にいろいろな特徴がもたらされることとなりました。 二つの寺を中心とする町 藤井寺市には、西に葛井寺(ふじいでら)、東に道明寺(どうみょうじ)という、昔からよく知られたお寺があります。これらの寺を中 心にできた村が藤井寺村と道明寺村で、明治時代以後にはこの二つの村を中心として周辺の村々が合併をくり返し、昭和期には 藤井寺町と道明寺町という町にまとまりました。そして1959年(昭和34年)に二つの町は合併し、初めて一つの町となりました。 その7年後に市制を実施して藤井寺市となったのです。 現在でも市立小中学校の名前に「藤井寺」と「道明寺」が付いているのは、この旧町村名に由来しているのです。そのため、 「藤井寺市立道明寺東小学校」というように、正式な学校名には二つもお寺の名前が付くということになってしまいました。と くに、七つの小学校はすべてそうなっており、全国的にも珍しいことだと思われます。 なお、道明寺は、明治時代に入って間もなく神仏分離令が出されたため、となりの土地に移転し、もとの場所は道明寺天満宮と なりました。もともと道明寺は菅原道真(すがわらのみちざね)とゆかりが深く、天満宮と一体となった神宮寺だったのです。学問の神 様として、現在も多くの人々がお参りに訪れます。また、葛井寺は西国三十三所観音霊場の第五番札所として知られており、遠 方からも霊場巡りの人々がたくさん訪れています。 藤井寺市ホームページ「市のあらまし」 |
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